岐阜羽島インターチェンジ
 
羽島市を流れる木曾川
天正十四年(1586)の大洪水で新しく現在の木曾川が生まれたが、羽島市はこの時に葉栗郡から羽栗郡へと改名され、また、尾張の国より美濃の国に編入されている。宝暦年間には、薩摩藩士の御手伝普請による宝暦治水工事の大業が行われて、輪中地帯の真只中にある羽島市は多大にその恩恵を受けた。
 
戦国の世、小牧長久手戦でときの竹ケ鼻城
不破源六が孤立無援で秀吉に立ちはだかり  
功城水攻め一ヶ月の篭城戦を戦った記録が  
残されている。秀吉没後、関ヶ原の合戦の  
時に竹ケ鼻城は焼け落とされ、以降は城下  
街としてではなく、木曾長良両川をつなぐ  
逆川を利用した商家の街として栄えた。 
 
 
現在の逆川
 
江戸時代の有名な人物としては、戦前の国定教 科書にも掲載された高徳の人「永田佐吉や鉈彫りの円空仏で知られる「円空上人」などの排出をみている。 明治時代に至っては、古い伝統をもつ主産業 の機業を中心として栄え、明治二十二年に竹鼻町が町制を施行したのを皮切りに、同三十年には葉栗郡の一部と中島郡とが合併して羽島郡が生まれた。
 
佐吉大仏
 
昭和34年の名鉄羽島駅
 
現在の名鉄羽島駅
 
昭和29年4月1日
市制施行で羽島市が誕生
昭和39年
東海道新幹線岐阜羽島駅設置
昭和58年
名神高速道路岐阜羽島インターチェンジ開設
平成6年
映画資料館(兼民俗資料館)開設
平成8年
羽島文化会館開設
 


 
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